【近江八幡】日牟禮八幡宮
神社傍の八幡掘。
時代劇のロケでよく使われているそうです。
商人の町と言われてますが、
城下町と琵琶湖を結んだこの一大運河が近江商人を生み出したそうです。
鳥居も木造でステキ。
参拝客も結構居ました。
131年、当時の天皇即位の折、武内宿禰に命じ、この地に大嶋大神を祀ったそうです。
150年後、天皇が近くの神社に参詣した帰りに休憩して建てられた仮屋跡に
日輪の形を2つ見るとの奇譚があり、祠を建てて「日群之社八幡宮」と名付け、
藤原不比等が詠んだ和歌に因んで比牟礼社と改められたそうです。
平安時代、宇佐八幡宮を勧請し、山の上(法華峰)に社を、10年後に麓に建て、
それぞれ上の社、下の社とし、現在の社は麓の「下の社」。
豊臣秀次が八幡城築城の為、上の八幡宮を麓の比牟礼社に合祀し、現在の姿に。
商人の守護神として、崇敬を集めました。
織田信長が安土城下で毎年盛大に行い、異粧華美な姿で踊ったという「左義長まつり」と
応神天皇一行を八幡まで火を灯して道案内したのが始まりの「八幡まつり」。
この二大火祭が国の無形民俗文化財です。